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「指輪の選んだ婚約者8」発売記念の小話

こんばんは。
『指輪の選んだ婚約者8 狙われた騎士と楽園への誘い』の紙版が2021年7月2日、電子版が7月9日に発売となりました。それを記念して、なろうさんの「活動報告」に投稿した小話を、こちらにも掲載しておきます。

▼注意書き
・意外とシスコンなお兄ちゃんの、妹に関する思い出話です。
・シーンは書籍8巻の中の時系列です。8巻をお読みになった方は、「あーあそこかー」と思っていただけるかも。
・ただ、内容はルミノックスによる十数年前の回想なので、8巻のネタバレ……はないと、思、います。
・……実は特典SSにしようかなと思っていたものなんですが、なんかお話が暗いような気がして取りやめたものです。
・従って、明るい話ではないな……というかんじ。
・登場人物は、王太子、センテンス、ユール、ルミノックスです。

★それでも大丈夫な方はどうぞ…………………………!

「しかし……、あれはもう『泣かせた』かな?」

 天幕を飛び出していったフェリクスの気配が完全に消えたのを確認し、王太子・テクスタスは息をつくと顎を撫でつつ、そう呟いた。

「妹を泣かせることのないように、ってルミが言った時のフェリクス、目が泳いでいただろう? どう思うよお兄ちゃん?」

 にやりと口の端をもたげ、人の悪い顔になった王太子に、ルミノックスはうっすらと笑みをはく。

「……先ほどはああ言いましたが、当家とて騎士団持ちです。騎士にはやむを得ないこともあると分かっていますよ。ある程度は仕方がないのではないでしょうか。……あまりに泣かせるようでしたら考えますが」

 最後の言葉と共に、笑みが深まる。
 妖精のように麗しいと言われる美貌から漂う冷気に、王太子は口をつぐんで視線を泳がせた。
 冷や汗を垂れ流す主を尻目に、隣で聞いていたセンテンスが口を挟む。

「しかし、ルミのところは兄妹仲がいいよなあ」
「そう見えますか」
「ああ。俺にも妹がいるが、じゃじゃ馬の生意気娘だ。『泣かすな』なんて思ったこともない」
「……当家にも妹がいますが、こまっしゃくれた我儘娘です。あれは一種の魔物ですよ、魔物」

 センテンスに追従し、ユールが顔をしかめる。ふたりの言葉に、ルミノックスは小さく微笑んだ。

「私にも、妹を疎ましく感じた頃はありましたよ」

 その告白に皆、意外そうに目を丸くする。集まった視線に少々ばつの悪い表情を浮かべ、ルミノックスは肩を竦めた。

「……子どもの頃のことですけれどね。幼い頃は、寝込む私を尻目に庭を走り回っていたあの子を、少し恨めしく思っていましたし」

 その告白に皆、意外そうに目を丸くする。集まった視線に少々ばつの悪い表情を浮かべ、ルミノックスは肩を竦めた。

「五つも年下の子どもが自分より活発に遊んでいたら、苦く思うものでしょう。妹の半分の時間も動いていられない自分が情けなくて悔しくて、その惨めな気持ちが妹に向いたのです」
「でも、今のルミは随分と妹を可愛がっているよな? 体質が治ったわけでもないだろうに、妹を妬んでいるようには全く見えないぞ」
「ええ、残念ながら私はこの歳に至るまで、虚弱でなかった年はありません。……妹への妬みが吹き飛んだのは、とある事件があったからです」

 ルミノックスは遠い目をして静かに口を開いた。

「……切っ掛けは、十六年ほど前、四歳になったあの子に小型の馬が贈られたことでした」
「あの刺繍を愛する女神が、四歳で馬を?」

 ルミノックスは苦笑して頷いた。

「ポルタ家では子どもが四歳になると馬を贈るのです。そして、その頃の妹はまだ刺繍を始めておらず、随分とお転婆な子だったのですよ。もらった馬に大はしゃぎで、厩に毎日通っていました」
「想像できないなあ」
「すっかり淑女ぶりが板につきましたからね」

 男たちの驚きに、ルミノックスはそう微笑む。

「……馬が贈られてしばらくした頃です。季節の変わり目に対応できず、熱を出して寝込んでいた私のところに、妹が『にいさま、おうまさんにのれました!』と報告にきたのです。何日も練習して、ついにひとりで馬上に乗ることに成功したのだと、とても誇らしげでした」

 その姿を思い出したのだろう、ルミノックスは優しい目をして、けれどその目は不意に陰った。

「幼い少女の他愛もないおしゃべりです。けれど、それを聞いた私は癇癪を起こしてしまいました」
『兄なのに、妹に負けた!』
『僕は熱で辛いのに、元気でずるい!』
『大っきらいだ、顔も見たくない!』
「そんなことを言って泣き喚いたのです」

 苦渋、としか表現のできない表情で喘ぐように、ルミノックスは拳を握った。

「その頃の私は、満足に馬に乗ることができない少年だったんです。少し馬に揺られるだけで酔ってしまって、練習でさえ吐いてしまうような有様でした。その事に、騎士団持ちの家の嫡男なのにと劣等感を抱いていたんです。そんな私に、妹の報告は脅威でした。家を継ぐべき男が、年の離れた妹よりも先に馬に乗れないなどあり得ないと、そう思ったのです。……吹き出した私のかんしゃくに、あの子は目を見開いて、部屋を飛び出して行きました」

 誰も口を開かなかった。ひとつの相槌も入らないまま、ルミノックスは再び口を開く。

「――事件が起きたのは、その晩のことです。寝込んでいた私の部屋に、血相を変えた乳母の息子がやってきました。そして、『お嬢が夕方から、屋敷のどこにもいない』と言うのです」

 誰かが息を呑む。ルミノックスは構わず続けた。

「それを聞いて、私の頭は真っ白になりました。私が、大嫌いだと、顔も見たくないと言ったから、あの子はショックを受けて城を出ていってしまったのじゃないかと、そう思ったのです」
「……いや、でも、子どもの言うことだろう?」
「当家の妹も何かあるとすぐに『お兄様なんて大嫌いですわ!』とか言いますよ」

 フォローの言葉に首を振り、ルミノックスは深く吐き出すような息をついた。

「大人になって思えば、子どもが『きらい』だなどということが、珍しいことではないと分かります。でも、年の離れた妹に、私はそれまでそうした言葉を掛けたことはありませんでした。……目を見開いたあの子の顔は、未だに忘れられません」

 ルミノックスは一度言葉を切り、乾いた唇をなめた。そして目を伏せ、言葉を続ける。

「己の思いつきに耐えかねて、私は乳母の息子にそのことを告白しました。真っ青になった私の言葉に乳母の息子は驚いていましたが、私の鬱屈を知っていたからでしょうか、私を責めることはしませんでした。『そんなことでお嬢が出て行くなんてあり得ない』とまで言ってくれました。……けれど私には、寝室の窓の向こうに広がる庭を行き交う騎士たちの魔術灯の光と妹の名を呼ぶ声が、私を責めているように聞こえました」
「……そうか」

 どこか自分が傷ついたような顔をして、王太子が小さく相槌を打つ。彼もまた、姉との間にそうした鬱屈を抱えたことがあったのかもしれない。その柔らかく優しげな年上の男の声かけに、ルミノックスは小さく微笑む。

「――妹が見つかったのは明け方に近い時間帯でした。小さなカンテラを握りしめ、城の裏手に広がる森の外輪を、とぼとぼと歩いていたそうです」
「良かったじゃないか!」

 センテンスがようやく息ができたと言いたげに声を上げる。ルミノックスは浅く頷いた。

「その時は私も喜んで、迎えに飛んで行きましたよ。……けれど、騎士の腕に抱えられた妹を見て、足が竦んでしまいました。妹の顔を見て、あんなことを言ったばかりだと思い出したのです」

 そう言うルミノックスの表情は、どこか泣き笑いのように歪んでいた。

「……でも、頬に泥をつけてべそをかきながら、発見者である騎士のマントに包まれていた妹は、私が駆けて来たのを見て、ぱっと笑顔になったのです。そして、『にいさま、おねつのくさ、あったよ!』と私に向かって手を差し出しました」
「『おねつのくさ』……?」

 王太子が首を傾げる。ルミノックスは瞳にうっすら涙の膜を貼りながら頷いた。

「彼女の手には、泥まみれの草が握りしめられていました。それは、冬の間に体調を崩し、寝台の上で過ごしていた私が、暇つぶしに薬草事典を眺めながら『この草には熱を冷ます効果があって、春になるとこの森にも生えてくるんだよ』と妹に教えた薬草だったのです。――妹は熱の苦しさをぶつけた私のために、薬草を探そうと森へ出たのでした」
「……そんな妹、この世に現存するの?」

 センテンスが呆然と呟いた。ふたりの表情を見た王太子が笑い出し、場の空気が和む。

「あんなことを言ったのに、なんて勇敢で、優しい子なのだろうと、私は泣きながら謝ることしかできませんでした。妹はきょとんとしておりましたけれど、私が泣きじゃくるとびっくりした顔をして、私の頭を撫でてくれました。……その小さな手の暖かさと心根の優しさに、私の心は溶かされたのです」
「あまりにも女神すぎるエピソードですね……」

 しみじみとユールが呟いた。

「兄妹仲がいいのも道理だな。……いやはや、フェリクス最大のライバルは兄だったか」

 語り終えたルミノックスの肩を叩きながら、王太子が笑ってそう言った。

「そうですね。もしもあの子に何かあれば、たとえ侯爵家を敵に回してでも、『いつでも帰っておいで』と言えるようにしておこうと思っています」

 冗談交じりに口にした王太子に返った言葉は、思いがけないほどに真剣な声色を帯びていた。
 辺りがしんと静まる中、天幕内の明かりに照らされたルミノックスは美しく微笑む。

「――ですから、妹を泣かせることのないように、皆様方もどうぞ、よろしくお願い致しますね

……おそまつさまでした!

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