2024年の1月に、「本阿弥光悦」と「中尊寺金色堂」をハシゴで見に行った記憶。
中尊寺金色堂展はミニ特別展(とはいえ料金はしっかり別)だったので、まとめて記録します。
開催地:東京国立博物館
「本阿弥光悦の大宇宙」展
これは「本阿弥光悦」という、江戸初期のスーパーメディアクリエイターの軌跡をたどる展示。正直、このひとについてはこれまで、名前とふわっとした功績しか知らなかったです。それも刀剣の鑑定の大家に生まれて、なぜかトーハクに彼が作ったとされる国宝の硯箱がある謎の人、というなんだかバラバラとした知識とも言えない雑学的な内容でした。
そんなふんわーりした知識で「これは楽しめないかも分からんぞ」と見に行った展示でしたが、良い意味で裏切られました。戦国末期から江戸初期を生きたクリエイターの人生、という観点から見ると、すごーく面白かったのです。

まずやっぱりね、戦国時代末期というのは激動期ですよね。あちらこちらで頻繁に合戦があって、あちらの家が興ればこちらの家が潰れ、野が焼け町が焼け……みたいな。あちらの家から取り上げた名刀を鑑定してこっちのお家に下げ渡して……みたいなことが頻繁にあって、彼の家業である「刀の鑑定」がものすごく重宝された時代です。光悦も引っ張りだこだった様子。
そんな彼が、世の中が落ち着いた後に、種々様々な今では国宝と呼ばれる陶芸や漆芸の工芸品を手がけ、書や出版で知られるようになるのです。武器の鑑定よりそちらに比重が傾いていくのは戦国時代よりも武器が重視されなくなったからというのもあるのでしょうけれど、展示を見ていた私は勝手に、江戸の始まりに光悦の中のクリエイター魂みたいなものが炸裂した、という雰囲気を感じました。
あくまで勝手な想像ですけれど、戦乱の世ではくすぶっていた創作魂が煮詰まって煮詰まって……そしてある日、「ああ、好きなだけ創れる!」って弾けたのかなあ、と。
晩年は作陶に精を出した、というのもまた、趣味人らしい感じがしますね。現代でも定年後に作陶を始める人はいるし……、土をこねて何かを形作る、という人間が万年単位で続けている究極にプリミリィブな創作に心引かれる気持ち、分かるような気がします。
このひとは、乱世ではない時代に生まれていたら、一体どういう人生を送ったのでしょう。より華やかなクリエイターとして名を馳せたのか、煮詰まる時代を通らずに余り名を残さずに消えたのか……。
そういうことを考えながら、展示を楽しみました。
中尊寺金色堂展
さて、同日に本館の特別室で開催されていたのが、『中尊寺金色堂』展。
これは、中尊寺金色堂建立900年の記念展で(900年も経ったのかと大変びっくりした)、普段は見られない仏像や装飾を至近で見られたり、大変精巧な金色堂の模型をぐるりと眺めることができたり、コンパクトながら大充実の展示でした。

……これがなんとまあ、本阿弥光悦より混んでいたんですよね!
わたしはまだ、中尊寺には行ったことがなく(行きたいとはずっと思っていて、機会を逸し続けてきた)、見るものすべてが新しかったのですが、行ったことのある人は「国宝の仏像に、現地で見るより遥かに近づいて見られる」と感動していました。
国宝の仏像11体全部が展示されていて、ちょっとびっくり。900年前の柔和で優しい仏像と地蔵菩薩と、凜々しい仁王さまでした。
あと、なんだかちょっとドキッとしながら展示を見たのは、金箔をおされた棺の展示です。もちろん中身は空になっているのですが、普段はたぶん、伽藍の下にあるものですよね。こんなところで見られることある?? となんだかヒヤヒヤしてしまいました。
それから、面白かったのは8KCGの実物大金色堂の映像。金色堂の中に足を踏み入れたかのような映像を堪能することができます。こう言うの、時代を感じますね。研究者以外が足を踏み入れる事のない場所をこうして映像などで見せて貰えるの、ありがたいです。



※こちらはトーハクの外観・大階段・辰年を記念した「自在」の置物。この龍、うごくんだぜ……!



















