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2020「いい夫婦の日」

なろうさんの活動報告に掲載した「いい夫婦の日」のフェリクスとアウローラをどこに置いておこうかな、と悩んだ結果、こちらに置いておくことにしました。

最初はなろうさんに掲載中の本編の後ろに、おまけで投稿しようかと思ったのですが、内容が書籍版準拠かつ書籍の5巻の後ろあたりの設定になるのでやめた次第です。

▼注意書き
・アウローラさんとフェリクスくんが新婚さんな頃の、フェリクス非番のある日のおはなし
・書籍5巻の後の時系列です
・付き合いも2年以上の二人なので、ウェブ版の頃とはだいぶ様子が違います
・結婚を機にお互い愛称で呼び合っているんだよ
・ひたすらsweetにいちゃついているだけのおはなしだよ

★大丈夫な方はどうぞ…………………………

「――というわけなんです」
「そうか、姉がいつもすまないな」
「すまないなんて! 妹として、とても可愛がって頂いていますわ。この前のサロンの時なんてね……あら」

 からん、からん。

 高くそびえる壁の向こうから、月日の重みを感じさせる、鈍い鐘の音が響いてくる。空はまだ明るい色をしているが、どうやら時刻はすでに、夕に差し掛かりつつあるらしい。

 ――ウェルバム王国王都、貴族の屋敷の連なる区画に佇む、黄金色の石で作られた瀟洒なタウンハウスにて。
 その日の午後、小さくも(もちろんこれは領地屋敷の規模に比べての「小さい」だが)真珠のように美しいと訪問客に絶賛される屋敷の庭の木陰にて、ひと組の若い夫婦が長椅子に並んで腰を下ろし、のんびりとした夏のひとときを楽しんでいた。

 妻の方は、たまごで作ったクリームのような柔らかく甘い髪色に、夏の生命溢れる森の樹々のような瑞々しい緑色の瞳を持つ貴婦人だ。なにやら楽しいことがあったらしく、生き生きと表情を輝かせながら楽しげに口を動かしている。
 一方夫の方は、冬の王のような銀の髪に至高の青玉から削り出したような瞳をした、巨匠の手による彫刻もかくやという際立った美貌の貴公子である。その表情は氷像のように動かないが、その瞳に浮かんでいるのは、貴婦人の話を心から楽しんで聞いているのだという、喜びと愛情に満ちた光だ。

 彼らはもちろん、クラヴィス家の若夫婦――嫁いでまだ数ヶ月の新米夫人のアウローラと、仕事が非番の時をくつろいで過ごしているフェリクスである。

「もうこんな時間ですのね」

 義理の姉たるルナ・マーレのお茶会に呼ばれた際の出来事を楽しく語りながら、手にした針をせっせと動かしていたアウローラは、夏の宵特有の高い日を見上げてそう呟いた。
 ウェルバム王国の夏の日は長く、夏至の頃ともなれば、子供が眠るほどの時間であってもまだ明るい。まだ昼下がりのような心地でいたアウローラは、驚きをもって鐘の音を聞いたのだった。

「楽しい時間は足が速いといいますけれど……今の鐘は夕5時ですわよね」
「そうだな」

 驚いた、と表情が雄弁に語る妻に薄くほほえみ掛け、フェリクスは手にしていた白磁の茶器を、長椅子の横に置かれた卓の上に静かに下ろした。

「つい先程話し始めたばかりのような気がしていましたのに」
「私もそんな気がしていたが、もう宵の口のようだ。ほら、夕星が出ている」
「まあ、本当。……そろそろ着替えないと」

 フェリクスの指先を目で追って、 明るい空に白い小さな星を見つけたアウローラは、慌てて刺繍道具を籠へと戻した。家庭内の晩餐とはいえ、そこは侯爵家。ごく私的な食堂での気の於けない家族だけの食卓であろうとも、晩餐用の衣類に改める必要があるのだ。もっともこれは、大陸のどこの貴族であってもそう変わらない習わしである。
 しかし、『お義父さまとお義母さまに失礼のないようにしなくちゃ!』と気負って立ち上がるアウローラとは裏腹に、フェリクスは長椅子に積まれたクッションに肘を掛け、ただ楽しげに目を細めるばかりである。

「……フェル様? フェル様もお着替えなさいますでしょう?」
「そうだな」
「男性のお着替えはそれほどかからないのでしょうけれども、すぐにマーヴィスが呼びに来る時間になってしまいますわ?」
「ああ」
「……フェル様がまだこちらにいらっしゃるのであれば、わたくしは先に戻りますけれど、よろしい?」
「良くはないが……」

 歯切れの悪いフェリクスに、何かあったかしら? とアウローラは首をかしげた。結婚を機に結い上げるようになった髪のおくれ毛が、はらりと流れ落ちる。立ち上がる気配も見せず、それに指先を絡めて遊ぶ夫にアウローラは目を瞬かせ、「フェル様?」と再度名を呼んだ。
 するとフェリクスの腕がするりとアウローラの腰に回り、そのまま力いっぱいに引き寄せられた。アウローラは小さな悲鳴を上げてバランスを崩し、夫の胸元に後頭部をぶつける。
 どん、となかなかに鈍い大きな音がした。

「ご、ごめんなさい……どうなさいましたの?」
「いや……」

 膝の間に背中から抱え込んだ妻の後頭部に頬を擦り寄せて、フェリクスはしばらく無言でいた。驚きに思わず身体を強張らせたアウローラだったが、こうなっては夫がもう引かない事はすでに経験済みである。アウローラはきょろきょろと周囲を見回し、客も義両親もいないことを確認すると「15分だけですからね!」と小声で叫んで、身体の力を抜いた。
 そのまましばし、二人の間には無言の、けれど居心地の悪くない時が流れる。フェリクスはしばらくのこと妻の耳を撫でたり頬をくすぐったりしていたが、そのうちかすかに喉を鳴らしてくっくと笑い始めた。

「……本当に、どうなさいましたの?」

 怪訝な表情で見上げれば、とろけるように甘い青い瞳と視線が交わる。アウローラがどきりと心臓を高鳴らせたその時、フェリクスははあ、と大きな息を吐き出した。

「いいな、と思った」
「はあ」
「……こうして引き止め、わがままを言っても許されるのは、いいな、と」
「フェル様」
「――ああ、結婚したのだな、と思ったのだ」

 アウローラはぱちんと目を瞬かせた。

「婚約者でいた頃に時々、こうして庭で茶をしていただろう」
「ええ」
「日が陰り始める頃には貴女を送らねばならなかった」
「そうですわね?」
「……屋敷へ入っていくローラの姿を、しつこく最後まで見ていたものだった」
「…………まあ」

 思わず口元に手を当てて、アウローラは夫を見上げた。フェリクスは気まずげに視線を泳がせ、こほんと喉を鳴らすと有無を言わさず、今一度その後頭部に頬を擦り寄せる。

「そんなことを思い出したら、可笑しくなってな。――今は、引き止めても誰にも何も言われない。それどころか、今ここで貴女の背を見送ったとしても、部屋に戻れば貴女がいる」
「だから、『いいな』?」
「……そうだ」

 そう答えたフェリクスの表情はほとんどいつも通り、むしろどこか不満げに口を引き結んでいたが、その耳は彼らしからぬほど、朱に染まっている。アウローラは目を丸くして、じわじわと頬までもを赤くし始めた夫を眺めた。
 その思いがけない姿を見つめていると、アウローラの頬はゆるゆると緩む。胸の内側からほこほこと、言葉にならない暖かい気持ちがこみ上げてきた。
 湧き上がる衝動に従って、アウローラは振り返ると夫の首にぎゅっと抱きついた。

「ろ、ローラ」
「わたくしも」

 突然に抱きついてきた妻にフェリクスは目を見張ったが、これ幸いと言わんばかりに彼女の背中に腕を回す。そして、隙間を埋めるようにきつく抱きしめた。

「……わたくしも、『いいな』と思いますわ」

 夜会の後の馬車や、茶会の帰り道。またすぐに会えると分かっていても寂しかった別れの時間。社交の季節が終わって領地に帰った時には、筆不精だと自己申告したフェリクスとの「虚偽申告じゃないですか!」と思わず叫んだ程に頻繁な手紙のやり取りがあったけれど、春が待ち遠しかった。
 ――けれど今は、帰るところは『同じ』。帰る姿を見送って、寂しい思いをすることはない。
 それはたしかに、とても嬉しいことだ。

「……そうか」

 妻の同意を耳にしたフェリクスは、少年のように無邪気に破顔した。
 義両親でさえ見たことのなさそうな屈託のない笑みに、アウローラもまた笑みをこぼす。

 ――そうしてふたりは、部屋にいない夫妻を探しに来た執事に叱られるまで、夏の宵の庭で抱きあって過ごしたのだった。

……おそまつさまでした!
※活動報告に掲載したときからちょっとだけ校正しています

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