あたしには分からない。

 あたしには分からない。

 ただ言えるのは、美しいものは恐ろしいということだ。美は人を狂わすと誰かが言ったが、そうじゃない、とあたしは思う。美しさとは狂っていること、狂っているから美しいのだ。そして、狂ったものに触れていれば、人は少しずつ歪むのだ。……つまり、「美は人を狂わせる」。
 そうして、どうやら、あたしはそういったものに、惹かれてしまったのだ。残念ながら、それは間違いない。

 だって、あたしの周りはいまの今まで、健全なものばかりで出来ていたのだ。そりゃあ、多少の不協和音はあったけれど、今思えば……あたたかい家族、明るい幼馴染、しあわせな故郷、だいすきななかまたち、そんなものばかりだった。
 日常に沸き起こる些細な陰。あたしが触れてきた「闇」は所詮その程度のもの。だからあたしは、こんなに昏くて……きれいなものを、「きれいすぎる」ものを、いままで知らなかった。
 それがいけなかったのだ。きっと、そう。

 あたしのこころのほうがずっとちっぽけで汚いのに。大した夢があるわけでもない、どこにでもいる中庸、それがあたしなのに。どうして彼の夢は叶わなかったのだろう。どうしてあたしは、彼を止めたのだろう。

 あたしには分からない。

 きれいなものはきれいなままだった。
 そうして、最後の最後に微笑んだ。
 あたしは歪んだ視界でそれを見ていた。

 あたしは確かに、彼に惹かれた。
 ならばあたしは、彼の夢を叶える手伝いをしたって、よかったはずだ。
 なのにどうして、あたしは、彼を止めたのだろう?
 どうして?

 彼の最後の言葉に、あたしはようやくまたたいた。
 取り払われた視界の靄の中、一瞬焼き付いた美しい美しい笑顔は、あたしの胸に焼き付いた。

 彼の夢は打ち砕かれたのに
 打ち砕いたのはあたしなのに
 どうして彼は笑ったのだろう、笑えたのだろう。

 あたしには分からない。