六本木のサントリー美術館で2025年の春に開催された、『没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ』展に行きました。

私には、『西洋の骨董品を扱うお洒落なお店にありそう』というイメージが強いガレのガラス製品ですが、それらをまとめて見たことはあまりないので、楽しく見て来ました。
エミール・ガレといえば19世紀末、アールヌーヴォー期のフランス、パリ……という印象があります。しかし実際には、彼の作品や製品は、父親(彼の実家はガラス製品や鑑を扱うお店でした)の代からフランスのナンシーという町で作られていたそう。
パリのイメージは、彼がショールームをパリに構えていたことと、やはり当時幾度も開かれた『パリ万博』で賞を得て、その名を知らしめたことにあるのでしょう。日本でも今年(2025年)万博が開催されますが、当時の万博はほんとうにもう、国を挙げての一大イベントだったようです。時代的にも、科学や工業が一気に進み、更には植民地主義により知られていなかった鉱物や動植物がヨーロッパにどんどん入ってくるようになった19世紀ですから、「今までに見たことない不思議なもの、新しいもの」や「今まで伝説だと思われていた、実在したもの」などが信じられないほどにあって、人々の注目も凄まじかったのでしょうね。






「指輪」シリーズの10~11巻を書いていた時、当時の万博について色々と調べたのですが、裏側には様々な国威掲揚目的があったにせよ、あの時代の西洋の人々が新しいものに盛り上がり、19世紀末という黄金の時代を謳歌していたその熱狂は、絵画や写真などにも様々に残されています。
その高揚と技術革新、古いものが次々に新しいものに塗り替えられていくことに心疲れ、地方での制作をするようになる芸術家達がいた、という話も、印象派やフォービズムの展示の時に記載がありましたね……。
……現代は、インターネットによって世界の様々なものを簡単に見る事ができて、世界の裏側で起こった事件を数分後には知ることができる時代ですけれど、当時はようやく写真が登場し、伝達は電報よりはやいものはなく(そういえばシャーロック・ホームズには、電報で情報をやりとりするシーンがありますね)、移動するなら最速で汽車、遠方に行くなら船、という時代です。『新しい』と言われるものの『目新しさ』は、今とは比べものにならなかったのでしょう。
それが、「万博に行けば見られる」と言われたら……注目が集まるのも致し方なし。例えば、日本も当時何度か出展をしていますが、彼らにとっては船で何ヶ月もかかる極東の、しかも全く文化も言葉も違う、よほどの冒険心がないとたどり着けないような国の文化が、鉄道で行ける街で見られると言われたら、見に行きたくなるのは当然かもしれません。





そんな、注目度の高い万博で、高い賞を得たデザインや技術が名を知られるのもまた、不思議ではなさそうです。
……さて、ガレの工房による作品ですが。
どれもこれもアール・ヌーヴォー期の逸品で、目に楽しく美しく、大変楽しく堪能しました。私はアール・ヌーヴォー期の、ちょっとグロテスクなくらいの自然物の造詣がなんとも言えない色合いや曲線を用いて、どこか色っぽい風情で表現されているのが好きなのですが、ガレの工房の製品にもそうした雰囲気がありますよね。地のガラスの上から別の色のガラスをかぶせたり、その上に重ねたガラスを削って模様を付けたり……、まるで東洋磁器の「絵付け」のようなガラスがあったりと、種々様々に工夫が凝らされているのも楽しい。








アール・ヌーヴォー期のヨーロッパの室内装飾品によくあることですが、ガレの工房の作品も当時流行ったジャポニズムやシノワズリの影響を受けていて、日本人にはどこか馴染みのあるような図案が表現されているのもまた、なんとなく好きな気持ちを後押しするかもしれません。
……当時の人たちは、今の私達がヨーロッパの建築や風景からファンタジーを感じるように、遙か東の彼方の異国情緒をファンタジーのように感じたのでしょうか。そんな事を想像してみるのも楽しいものです。



















