とっても未来。
*
遅くなるからとは言われたけれど、コトネはそわそわしながら、リビングのソファに座っていた。
羽織ったブランケットの隙間から、扉の方にちらちら、目を投げる。
ここに座るわたしを見たら、彼はなんて言うだろう。
こんな時間まで待っていることはないだとか、ちゃんと寝かしつけてやったのかだとか、風邪を引いたらどうするんだとか、お前の隣で眠ってるエーフィを見習え、だとか。降ってくるのはきっとお小言だ。
小言を呟く薄い唇も、呆れ返った目元と眉間のシワも、低くてちょっぴり堅い声も。すべてが、まるでそこにあるように想像出来て、コトネはくすくすと笑った。
彼のお小言なんて、ちっとも怖くない。彼がぶつくさ文句をいうのは、心配が極まった結果だと、今はもう知っているから。
コトネは用意したハーブティにくちづけながら、唇の端でまた笑った。
このハーブティだって、「こんな夜中にカフェイン摂んな! 眠れなくなるだろ!」と叱るだろう彼を見越してのものだ。
かちこちかちこち。ぼーん。
ひとつ、鐘が鳴った。
コトネは扉から目をはなし、正面を向いて首をもたげる。
テレビの上に掲げられたまんまるの文字盤の上を、黒い針がスケーターのように滑っていく。
きっと、最終のリニアだったに違いない。
まだかな、まだかなあ。
そわそわと落ち着きなく座りなおし、コトネは小さなためいきをつく。
顔を見たら、声を聞けたら、話したいことがたくさんあった。
この前帰ってきた時からまだ2週間しかたっていないのに、もう、両手で抱えられないくらいだ。
ちいさな手のひらが渡してくれた、白くてかわいい花のこと。幼なじみの家でルリリのタマゴがみっつも孵って、てんてこ舞いだったこと。久しぶりにルギアを出したら、あの子がびっくりして泣き出してしまって、ルギアの方がオロオロしていたこと。母親がおみやげに買ってきてくれた「もりのようかん」が、バージョンアップして美味しくなっていたこと。アカネちゃんがモーモーミルクをダースで持って遊びに来てくれたこと。イブキさんのところの、生まれたてのおちびさんミニリュウがまいごになって、ワタルさんが大慌てで探しに行ったこと。
などなど、などなどなど。
ひとつひとつを思い出して、コトネは緩む頬を両手で抑えた。
平凡で退屈なように見えて、毎日はあんがい、キラキラしている。小さな手をつないでヨシノに買い物に行った、たったそれだけのことでさえ、話したくてたまらない。またどうでもいいことを、なんて彼は呆れた顔をするだろうか。ううん、きっと、ハイハイ、なんて宥めるような口調で聞き流しながら、聞いている振りをしてくれるはず。
同じぐらい、彼が自分の毎日のことを、話して聞かせてくれたらいいのだけれど!
「わたしって単純」
ふふっ、思わず声が漏れて、コトネは慌てて口を噤んだ。そうそう、もう真夜中なのだ。静かにしないと。
かつん。
その時聞こえた小さな音に、眠っていたエーフィの耳がぴくりと動いた。
コトネは思わず、ソファから腰を浮かせる。肩に掛けたブランケットが、ばさりと落ちた。
がちゃ。
「……おかえりなさい!」
「……な」
扉の向こうから姿を現した、目を白黒させる青年の姿に、コトネは幸せそうに笑崩れた。