自分の願いは、とても単純だった。
要するにオレは、オヤジを超えたかったのだ。
最強だと思っていたオヤジが最強じゃなかった、だったらオレが最強になればいい。
そうして高見に立つことで、オレを置いて行ったオヤジを見返してやる。
多分、そういう、ガキの感傷だったのだ。
でもそれはつまり、単に振り返って欲しかっただけだったのかもしれない。
願いの単純さに気づくのと同時にオレは、シンプルな願いと言うのは実はとてつもない力を持っている、ということを知った。
でなければ、どうして、こんな選択をしただろう。
オヤジを倒した男と共に、旅に出るだなんて。
*
「いいの? 挨拶とかしなくて」
「ああ」
「ぼくですら母さんに挨拶してきたのに」
「オレに家族はいない」
「……コトネとか、ヒビキとか」
「……必要ない」
「……ならいいけど」
この会話では、言葉数の少ない旅になりそうだな、とオレは漠然と考えた。
赤い帽子の男は、背中に大きなリュックを、オレは肩からカバンを掛けている。
カントーにいるのも飽きてしまったのだ、とヤツは言う。本当かどうかは知らないが、上を極めたヤツだからこそ言える発言だな、とオレは黙って受け流した。
そもそも、こいつにもコトネにも、ひとりではワタルにも勝てていないオレがカントーを出るのは、おかしいかもしれない。
でも、もっと広く経験を積まなければ、きっとこいつらには勝てない、とずっと感じていた。
「ほんとに、いいんだね? 未練とか、ない?」
「ない。そもそもオレはひとりだから、未練とか感じようがない」
「ふうん」
本当は一瞬、白い帽子が頭を過ぎった。
けれども同時に言葉が翻る。
『シルバーくんなんかもう知らない!』
くだらないケンカをして泣かせた。
泣きながらあいつはそう叫んだ。
ガキのケンカじゃ、よくある話だ。
それは分かっていたけれど、オレはその瞬間に我に返った。
ヒビキだったら、翌日には仲直りでもして、いつも通りに笑えるのだろう。
けれどもオレに、それは出来なかった。
ああやっぱり、ここにいてはいけないんだな。
ぽつんと浮かんだそんな言葉は、あっという間に頭を埋め尽くした。
それきり、何の言葉も浮かんでこなかった。
仕方がないから、オレはそのまま、あいつの前から立ち去った。
今頃なにをしているか、ポケギアの番号さえも知らないオレには、知りようがない。
まあ、どうせ、元気にやってるんだろう。
元気がないところなんて、見たことがないからな。
「あんたはないのか」
「母さんを置いていくのが心配じゃないわけじゃないけど……まあ、グリーンもいるし」
好奇心の方が大きい。
そう呟いて、そいつは背を向けた。オレは黙ってあとに続く。
「クチバから船に乗るよ」
「分かった」
「とりあえず、ホウエン地方を目指そうと思う」
「理由は?」
「できるだけ遠くに行ってみたいし……前にコトネが、ホウエンチャンピオンにカントーで会った、って言ってたから」
「そういえば聞いたかもな」
「シンオウ地方も考えたけど、まだ寒そうだ」
シロガネ山より寒いんじゃ、さすがのぼくもちょっと無理だ。
珍しく口の端に笑みを乗せて、そいつは呟く。
半袖でいて、風邪もひかないヤツがなにを言うか、と思いながら、オレは安堵した。
こいつがダメなところだったら、オレはおそらく凍死する。
「あとね、グリーンが言ってたんだ。君をつれてったら凍死するかもしれないから、北はやめとけって。お前はポケモンみたいなもんなんだからな、だってさ」
「……普通は半袖で雪山に行かないからな」
「あそこは温泉が湧いてる。そこまで寒くない」
「バカ言うな、そこに行くまでの道程があるだろ! 普通は凍死する」
グリーンが同じことを言ってたよ、そう言って、そいつは笑った。
ひとりでいたオレをこいつの前に連れてきて、旅に出るならこいつを連れていけ、と、言ったのはその幼馴染だ。
まだまだヒヨコだけど、強くなりたいって思いは本物みたいだぜ。
あいつはそんなことを言い、だから、コトネにくらいは勝てるようにしてやってくれ、と目端で笑った。それを見たこいつの目が丸くなったのをオレは覚えている。
そしてあいつは、なんだかんだでこいつを丸め込んで、それを了承させたのだ。
珍しく長話になったからだろう、ピカ、とこいつの相棒が、促すように鳴いた。
こいつはそれにうなづいて、帽子をかぶり直して、言う。
「じゃあ、行くよ。ちゃんと付いて来いよ」
「ゴーストになってでも食いついていってやる」
「それはちょっと……どうせ連れてくならゲンガーとかムウマージがいい」
「冗談だっつの」
*
そうして翌日船が来て、オレとそいつ――頂点に立つ男、はカントーを出た。