そしてぼくらはたびにでる

 自分の願いは、とても単純だった。

 要するにオレは、オヤジを超えたかったのだ。
 最強だと思っていたオヤジが最強じゃなかった、だったらオレが最強になればいい。
 そうして高見に立つことで、オレを置いて行ったオヤジを見返してやる。
 多分、そういう、ガキの感傷だったのだ。
 でもそれはつまり、単に振り返って欲しかっただけだったのかもしれない。

 願いの単純さに気づくのと同時にオレは、シンプルな願いと言うのは実はとてつもない力を持っている、ということを知った。
 でなければ、どうして、こんな選択をしただろう。

 オヤジを倒した男と共に、旅に出るだなんて。

「いいの? 挨拶とかしなくて」
「ああ」
「ぼくですら母さんに挨拶してきたのに」
「オレに家族はいない」
「……コトネとか、ヒビキとか」
「……必要ない」
「……ならいいけど」

 この会話では、言葉数の少ない旅になりそうだな、とオレは漠然と考えた。
 赤い帽子の男は、背中に大きなリュックを、オレは肩からカバンを掛けている。
 カントーにいるのも飽きてしまったのだ、とヤツは言う。本当かどうかは知らないが、上を極めたヤツだからこそ言える発言だな、とオレは黙って受け流した。
 そもそも、こいつにもコトネにも、ひとりではワタルにも勝てていないオレがカントーを出るのは、おかしいかもしれない。
でも、もっと広く経験を積まなければ、きっとこいつらには勝てない、とずっと感じていた。

「ほんとに、いいんだね? 未練とか、ない?」
「ない。そもそもオレはひとりだから、未練とか感じようがない」
「ふうん」

 本当は一瞬、白い帽子が頭を過ぎった。
 けれども同時に言葉が翻る。

『シルバーくんなんかもう知らない!』

 くだらないケンカをして泣かせた。
 泣きながらあいつはそう叫んだ。

 ガキのケンカじゃ、よくある話だ。

 それは分かっていたけれど、オレはその瞬間に我に返った。
 ヒビキだったら、翌日には仲直りでもして、いつも通りに笑えるのだろう。
 けれどもオレに、それは出来なかった。

 ああやっぱり、ここにいてはいけないんだな。

 ぽつんと浮かんだそんな言葉は、あっという間に頭を埋め尽くした。
 それきり、何の言葉も浮かんでこなかった。

 仕方がないから、オレはそのまま、あいつの前から立ち去った。
 今頃なにをしているか、ポケギアの番号さえも知らないオレには、知りようがない。

 まあ、どうせ、元気にやってるんだろう。
 元気がないところなんて、見たことがないからな。

「あんたはないのか」
「母さんを置いていくのが心配じゃないわけじゃないけど……まあ、グリーンもいるし」

 好奇心の方が大きい。
 そう呟いて、そいつは背を向けた。オレは黙ってあとに続く。

「クチバから船に乗るよ」
「分かった」
「とりあえず、ホウエン地方を目指そうと思う」
「理由は?」
「できるだけ遠くに行ってみたいし……前にコトネが、ホウエンチャンピオンにカントーで会った、って言ってたから」
「そういえば聞いたかもな」
「シンオウ地方も考えたけど、まだ寒そうだ」

 シロガネ山より寒いんじゃ、さすがのぼくもちょっと無理だ。
 珍しく口の端に笑みを乗せて、そいつは呟く。
 半袖でいて、風邪もひかないヤツがなにを言うか、と思いながら、オレは安堵した。
 こいつがダメなところだったら、オレはおそらく凍死する。

「あとね、グリーンが言ってたんだ。君をつれてったら凍死するかもしれないから、北はやめとけって。お前はポケモンみたいなもんなんだからな、だってさ」
「……普通は半袖で雪山に行かないからな」
「あそこは温泉が湧いてる。そこまで寒くない」
「バカ言うな、そこに行くまでの道程があるだろ! 普通は凍死する」

 グリーンが同じことを言ってたよ、そう言って、そいつは笑った。

 ひとりでいたオレをこいつの前に連れてきて、旅に出るならこいつを連れていけ、と、言ったのはその幼馴染だ。
 まだまだヒヨコだけど、強くなりたいって思いは本物みたいだぜ。
 あいつはそんなことを言い、だから、コトネにくらいは勝てるようにしてやってくれ、と目端で笑った。それを見たこいつの目が丸くなったのをオレは覚えている。
 そしてあいつは、なんだかんだでこいつを丸め込んで、それを了承させたのだ。

 珍しく長話になったからだろう、ピカ、とこいつの相棒が、促すように鳴いた。
 こいつはそれにうなづいて、帽子をかぶり直して、言う。

「じゃあ、行くよ。ちゃんと付いて来いよ」
「ゴーストになってでも食いついていってやる」
「それはちょっと……どうせ連れてくならゲンガーとかムウマージがいい」
「冗談だっつの」

 そうして翌日船が来て、オレとそいつ――頂点に立つ男、はカントーを出た。