まだちがう、でも

「おい、待てよ」

背後からかかる声に、わたしの魂が震えるのが分かる。
いろいろ続く言葉のすべてが身体を通過して、そして最後に残る、言葉。

その言葉だけがわたしを熱くするの。

「オレと、勝負しろ!」

正直言っていいかな。
ポケモン勝負なんて、そんなに好きじゃなかったんだ。
ポケモンで戦うのが可哀想とか、そういうんじゃなくて、面白いことなんて他にだってたくさんあるでしょ?

女の子だもん、おしゃれとか大都会とか、そういうのに興味があって、何もおかしくなんかないじゃない。

トレーナーって、本気になったらあんまりおしゃれもできないし、旅また旅で、お風呂に三日入れない! なんてこともある。ポケモンたちの面倒だって見なきゃいけないし(見たくないわけじゃないけど)、あの子たちを鍛えるためには、街で遊んでるワケにもいかない。

得るものもたくさんあるけど、諦めなきゃいけないものもいっぱいある。

「望むところよ!」
「……今日は負けねえからな! 覚悟しろよ!」
「覚悟するのはそっちでしょ!」

だからホントは、ウツギ博士のお使いが終わったら、とっととお家に帰ろうと思ってた。
そのはずだったのに。

「行け、ゴルバット!」
「チコさん、戻って! エーフィよろしく!」

エーフィを繰り出すわたしの心は、熱くなってる。

――分かってるの。
それは、いつだって一歩先にいる、この強気な男の子のせいだってこと。
きつい目つきに綺麗な赤い髪の、私のライバル、シルバー君。

はじめは、突き飛ばされてムッとした。
そのうち戦いを挑まれて、カッとなって。
絶対に負けてなんかやるもんか、ってムキになって、コテンパンに倒してやったのよ。

「ゴルバット、『あやしいひかり』!」
「エーフィ耐えて! 『サイコキネシス』!」

わたしにはどうやら、ポケモン勝負の才能とやらがあったらしい。
はじめて彼を倒したその後、道行くトレーナーにも、ジムリーダーにも、そう簡単に負けたりしなかった。
連れ歩いていた子たちにもどんどん愛着が湧いてきて、一緒にいるのが当たり前みたいになって。

だけど、あんまり勝ってばかりいると、段々つまらなくなってくるのね。
賞賛なんかいらない、褒めてくれなくていいの。
もっと強い人はいないのかなって、もっと楽しい勝負をしてくれる人はいないのかなって。

だから、いつもひとつ先の町にいて、挑みかかってくる、彼はちょっぴり不思議な存在だった。
だって、わたしの方が強いもん、一度だって負けてない。
だけど彼は、負けても負けても、絶対に諦めない。必ずわたしを追いかけてくる。

――世界でたったひとりだけ、わたしを追いかけて、来てくれる。

「くっ……バクフーン!!」
「エーフィ、戻って! ヌオー、お願い!」

だから、わたしは強くなりたくなった。
彼にだけは絶対に負けないって、頑張って頑張って、みんなと一緒に努力して。
いつの間にか、そんなに好きじゃなかったはずのポケモン勝負が、大好きになってた。

「バクフーン、『ふんか』だ! ちょっとでも削れ!」
「……あたしのヌオーは遅いけど、我慢強い子なんだから! ヌオー、頑張って! 『なみのり』!」
「くそ、容赦ねえな相変わらず!」
「絶対負けてなんか上げないんだからね!」
「ふん、大口叩いていられるのも今だけだ!」

勝負はトレーナーにとって言葉の代わりだって、ヤナギさんは言ってた。
全力のぶつかり合いは、会話のようなものだって。
だったらきっとわたしたちは、口で交わすのよりもたくさんの、数え切れない位の言葉を交わしてる。

何度も何度も戦って、いつしか、口調とは裏腹の、くらい瞳に気がついた。
でもそれは、バトルの間だけ、宝石みたいに赤く燃えるの。
尖った声が、冷静を装う鋭い目が、冷めた表情が。バトルの間だけは、情熱的に輝くんだ。
それが嬉しい。彼と戦うのが楽しくて仕方がない。

ねえ、君はどう? 負けてばっかりだから、楽しくなんかないかな。

「ええい! フーディン! 『サイコキネシス!』」
「負けないんだから! ヌオー、『じしん』!」

でも、負けたくないの、だって、ずっと追いかけてきて欲しいから。

「チコさん、『ハードプラント』決めちゃって!」
「ニューラ! 『ふぶき』かませ! 一撃で決めてやれ!」
「うわっ! ええい、ルカリオ行っちゃって! 『インファイト』!」
「あっ、てめぇ!」

この野郎、と呟かれて、野郎じゃないもんなんて軽口を叩いて。
シルバーくんの口の端が、にやりって上がる。

分かるよ、楽しいんだよね。
わたしも楽しい。

シルバーくんの6匹目が繰り出されて、わたしも秘蔵っ子を表に出す。
そうして最後のターンが始まるの。

ね、楽しいね。
前よりずっと。

君とのバトルは楽しいよ。
誰と戦うより熱くなれるよ。

「さ、最後だよ。決めといで……チコさん!」
「ゲンガー、最大出力!」

燃える炎と目があった。向こうが薄笑いするのが見えて、わたしもにっこり笑ってみせる。

そしてわたしたちはいつだって、ここから始まるんだ。

それはまだ、恋じゃない。でも。