「きらめき」「明け方」「余白」

 ふと冷たさに目が覚めた。あたしは布団の中でゆっくりと仰向けになり、ちいさく欠伸を噛み殺す。なんだか子供の頃の夢を見ていたような気がする。あたたかい夢だった、その感触だけが、あたしの胸のうちに残っていた。カーテンの向こうは薄い青、部屋に射す細い光も青。時はまだ、日の出前のようだ。

 あたしはもういちどころりと寝がえりを打って、あるはずのものがないことに気がついた。指に触れるはずの髪、肘に当たるはずの腕、つま先がぶつかるはずの、彼の脛。あたしはあるはずの場所に手を伸ばした。シーツはすっかり冷えている。
 幸せな温度から抜けだして、あたしはゆっくりと身体を起こした。部屋は暗い。カーテンの隙間から外を覗くと、キラキラと星がまたたいている。遠く、東の端がぼんやりと紫色に霞んでいた。

 小さなあくびが、冷たい部屋にほわりとわいた。ぼんやりと、あたしは窓から目を離す。

 ――彼は、どこだろう。

 あたしはもう一度小さくあくびをした。ベッドから降りるのはやめにする。サイドボードに載っていた、ミネラルウォーターの蓋を、黙って開けた。ゆっくり喉に流し込む。ぬるんだ水は、まるで解け立ての氷河のように、爽やかな衝撃をあたしに与えた。頭が冴える。

 ――Nは、どこだろう。

 くるりと見渡した部屋に気配はない。シャワールームにも、トイレにも、キッチンにも。眠りに落ちた時は隣にあって、あたしより早くに寝息を立てていたのに。
 あたしは頭を振った。あくびの代わりに、ため息が溢れる。無意識に、空いていた隣を撫でていた自分の指を引っ込めて、もう一度布団の海に潜る。

 いつからだろう、彼の不在が平気になったのは。再び出逢ったあの頃は、どこにいるのなにをしてるの、いつだって気になって仕方がなかったというのに。

 あたしがまぶたを閉じたとき、ぱたん、何かが動く音がした。首だけ回してそちらを向けば、見覚えのある緑色が、月色の光にきらめいている。その横を細い風が抜けた。

「……おかえり」
「起きたの」
「うん」
「ボクもだよ」
「まだ眠い」
「そう」

 何かをキッチンに置いた彼は、当たり前のようにあたしの隣に戻ってきて、なんのためらいもなく、あたしの左に潜り込んだ。薄い明け方の空気が、彼に巻き込まれて忍びこむ。途端に狭くなったあたしのベッドは、その代わりに新しい空気に満ちて、ふわりとやわらかくなった。

「じゃあ寝よう」
「うん」
「朝市のパンを買ってきたから起きたら食べよう」
「うん」
「お休みトウコ」
「……お休み、N」

 体の上を通る大きな手のひら、それが背中を撫でるのを感じながら、あたしはまた、目を閉じる。――ああ、朝ごはんが楽しみだな、そう思ったのを最後に、あたしの意識はまた、夢に溶けていった。