「トウコは、Nさんが帰ってきてから、キレイになったよねえ」
ベルはにこにこしながらそう言って、Nは不思議そうに首を傾げた。
「そうなのかい」
「そうだよお! ……あ、でもそういうのって、毎日見てると分かんないモノだって言うよねえ」
「ふうん」
「あたしみたいに時々会う方が分かりやすいのかも! だってトウコ、会うたびにキレイになってるもん!」
ソファに隣り合って座るベルとNの視線の先では、トウコがひとり、ああでもないこうでもないと取っ換え引っ換え、冬物のワンピースを選んでいる。どうにもひとつに絞りきれないらしく、彼女はもう20分ほど、試着室と鏡の前を行ったりきたりしているのだ。
「トウコねえ、昔は『スカートなんて絶対ヤダ!』って言ってたんだよお」
「へえ。似合うのにもったいないことだね」
「だよねえ! トウコってばあのスタイルだもん、何着たって似合うんだから! ワンピースもスカートも、もっともっといっぱい着るべき!」
すらりと伸びた白い足、細い腰。キュッと締まったヒップに、控えめながら綺麗な形の胸。美しい栗色の髪が波打つ、すっきりした背中。ほっそりとたおやかで、けれども生命力に溢れた、しなやかな肢体。
ベルは、鏡の前でくるりと回るトウコを眺めて、柔らかいため息をついた。幼馴染のスタイルは、ベルにとっては憧れの体型だ。
「どうせなら両方買っちゃえばいいのに」
「それは同感だね」
「ね、どっちも似合うもんね!」
鏡の向こうで、ひらり。トウコのまとう、黒いワンピースの裾が広がった。そこから伸びる白い脚にNは目を細め、ベルはニコニコと「さっきの白いのもいいけどこれも似合うねえ、トウコ」と声を掛けた。
「そう? でもさっきの白いやつの、首の後でリボン結ぶ形も捨てがたいと思わない? ストライプのリボンの」
「うん、あれもカワイかったよ! でもその黒いのの、胸のところのフリルもカワイイ!」
「うーん……ちょっともう一回、さっきの着てくる」
カタン、音がして、試着室の扉が閉まる。ベルは微笑んだまま、腕組みをしてトウコを眺めていたNを見上げた。
「ねえねえ、Nさんは、どう思った?」
「今のトウコかい」
「そう!」
「よく似合っていて愛らしかったと思うよ」
微塵の照れも感じさせず、サラリと言ってのけたNにベルはぱちぱちと瞬きをした。それから、なにか思いついたらしく、指を立てて、さらに問う。
「……ねえ、Nさんは、トウコがおしゃれしてたら、似合うよとか、カワイイねとか、言う?」
「いつも通りの服装でも似合うと思えば似合うと言うよ」
「……さすが『ピュアでイノセント』」
チェレンとトウヤだったら絶対言わないよお。ベルは唇を尖らせて頬を膨らませ、それからひといきに吐き出した。そうしてにっこり笑う。Nは見ているのかいないのか、それには反応しなかった。
「……んー、でも、もしかしたら、だからかも!」
「何がだい?」
「トウコがどんどんキレイになるの!」
今度は、Nの眉間にしわが寄った。
あ、気にしてる。なんてベルは心の中で呟く。Nさんを動かすのはほとんどトウコだけなんだなあ、そう思うとなんだかおかしくて、ベルの笑みはさらに深くなった。
「おんなのこはね! 大好きな人に、キレイだよーカワイイよーって言ってもらえば言ってもらっただけ、キレイになれるイキモノなんだよ!」
腰に手をあて胸をそらし。自信満々にベルがそういえば、Nの表情は「分からない」に変わる。そうして「ふうん」と生返事をした。
「あ、信じてない! ホントなんだよお!!」
「ゴメンお待たせー!」
ベルが抗議の声を上げたところで、正面から声がかかった。ベルが向き直るより先にNが立ち上がり、トウコの手から白い紙袋をひったくるように取り上げて自分の持ち物に加える。トウコは一瞬驚いて、けれどもすぐにベルに向き直った。
「結局、白にしたわ! レシラムとおそろいで」
「かわいかったもんねえ……でも、遅いよお! お腹すいちゃった」
「ゴメンほんとゴメン! おやつにしよっか……N? どうしたの? あたしの顔になんかついてる?」
視線を感じて見上げれば、いつものNがにいる。けれどもその視線に、なんだか慣れない温度を感じて、トウコは不思議そうに首を傾げた。Nは意識して微笑んでみせ、なんでもないよと否定を紡ぐ。こうなったら彼は何も言わない、経験則でそれを知りつつあるトウコは、諦めてベルに耳打ちをした。
「……ベル、何の話してたの?」
「それはねえ……トウコはキレイでカワイイねって話! ね、Nさん!」
ぎょっとして言葉をのんだトウコの前で、ベルはにんまり、Nを見上げる。Nはほんの僅か、目を見開いて、けれどもすぐに頷いてみせた。
「そうだね。さっきのワンピースもとても可愛かったよ」
「は……はああ?!」
瞬間、沸騰するように、トウコの頬は赤く色付いた。ぱくぱくと口を動かして、あーとかうーとか、不明瞭な呻き声を上げて、慌てたように、目をそらす。
Nは無意識に、笑みを深める。
そうして「キミの言ったことはどうやらホントウらしいね」と呟けば、ベルは今度は満足気に、胸を反らした。