ひなた

「うわっ、Nったらまたこんなに葉っぱくっつけて!」

 そう咎める声が酷く優しいことを、彼女は知っているのだろうか。それから続けて紡がれる、「ほら、こっち来て! 直してあげる!」と呼ぶ声も。つい夢中になってしまったと言い訳した時の、呆れたような瞳の色までもが優しいことを、彼女は――トウコは知っているだろうか。

「あんまりいいお天気だったものだからつい、ね」
「あなたはポケモンじゃないんだからね……分かるけど」

 ほら座って。
 トウコが指し示した場所に大人しく腰を下ろすと、背中にこつんと膝の当たる感触がする。それを合図に、「動かないでね」と声が降ってくるのだ。

 そして始まるのは、彼女の細い指が髪を掬う、幼い頃を思い出させるような幸せな時間だ。絡まった木の葉を一枚一枚取りながら、櫛と指が器用にボクの頭をなぜていく。それがあまりにも心地よいから、ボクと彼女のトモダチが羨む声を上げるのを、目を閉じて聞かない振りをする。

「ホントに草みたいねえ、Nの髪ったら」
「葉緑素は含んでいないはずだけれどね」
「だけど日に当てたらよく伸びそう……」
「試してみるかい」
「やめとく。ホントに伸びても怖いもん。……あ、でも花が咲いたらきれいかな」
「そして最後に実がなるんだね」

 軽やかな笑い声、首筋を通る優しい指、木漏れ日、背後に彼女の気配。
 永遠であれと思う、この時間。

「どんな実がなるんだろう。マトマの実みたいな、赤いやつかしら」
「どうしてそう思うの」
「うーん、綺麗だから?」
「キミはマトマの実のスープが好きだものね」
「……バレたか」

 すぐに終わってしまうのが惜しく、なんとか引き延ばそうと、いつもよりゆっくりなペースで返事をしていることを、きっとトウコは知らない。この時間が惜しいから、払えば取れる木の葉を敢えて取らずに戻ってくるのだということも、多分知らない。
 ――そんなボクを、ミンナが笑っていることも……。

「はい、できた」

 きれいになったよ、そう笑うささやきは幸せの終わりで、ボクは毎度、密かに落胆する。けれども毎回ひらめいて、必ず手をのばすのだ。今度は自分が、彼女に同じ幸せをあげればいいのだ、と。

「トウコも髪が乱れているよ。――梳かしてあげるから、おいで」